「科学哲学」投稿論文  和文題名:様相論理の文脈意味論  著者:竹内泉  英文題名:Context Semantics for Modal Logic  英文著者名:Takeuti Izumi ────────────────────────────────── 様相論理の文脈意味論                                竹内泉 Abstract: This work proposes a new semantics named ``context semantics'', which interprets predicate modal logic in which the modality symbols means logical validity.Although the possible world semantics is the most well-known method for semiantics of modal logic,it is not so useful or so essential in studying the predicate modal logic. Especially,the transworld identification always makes serious problem.In order to avoid the problem,we propose the new semantics.Our semantics interprets a formula with finite information.This point is the most essential difference between our semantic and possible world semantics. 第 1 節 様相論理の意味論 1.1 様相論理と可能世界意味論  本研究では,様相記号が論理的妥当性を表すような様相述語論理に対する 意味論について論じる.  様相論理の意味論には,可能世界意味論がよく知られている.現在,様相 論理は様々な応用がある.伝統的な様相である必然性に始まって,例えば時 間,信念,知識,等々がある.その殆ど全ての応用現場に於いて,可能世界 意味論は強力な道具として論理の研究に寄与している.[註1]  しかしながら,本研究で論ずる様相述語論理に於いては,可能世界意味論 はそれ程よい道具である訳ではない.本研究では,そのような反省に立って, 新しい意味論を提案し,文脈意味論と名付ける.これは,論理式を有限的な 情報によって意味付けするという点で可能世界意味論とは大きく異なる.  本研究の目的は,可能世界意味論の全ての機能に於いて代用となる意味論 を提案しようとするものではない.少なくとも本研究で論ずる範囲では,可 能世界意味論は本質的でも便利でもなく,それに代わって文脈意味論が有用 であろうと思われる.そのことを示すのが本稿の目標である.  本稿では,命題論理にせよ,述語論理にせよ,一階の論理に限定して議論 する.よって,以降,特に一階の論理であることを断らない. 1.2 厳密含意と必然性様相  基本的な論理結合子「ならば」の古典論理に於ける意味は,周知の通り 「先件が成り立ち後件が成り立たないということはない」である.この意味 での含意は実質含意と呼ばれる.それに対し,実質含意以外にも含意の意味 があるということは様々な観点から既に再三議論されている.[註2] ここで は実質含意以外の含意のことを伝統に従って厳密含意と呼ぶ.実質含意でな い様々な含意を全て厳密含意と呼ぼうということである.  論理的帰結を表す厳密含意を記号論理によって分析するに当たり,ここで は,様相記号を導入し,厳密含意を様相付きの含意によって表現することに する.[註3] 即ち実質含意を「p→q」と書き,厳密含意を「□(p→q)」と書 く.ここで伝統に従って,この様相記号「□」を必然性と呼ぶ.  厳密含意にせよ,必然性様相にせよ,単に伝統に従っているだけである. これは単に名前だけのものであって,必然や厳密について,それは何か,如 何にあるべきか,という問いに答えるものではない.  さて,厳密含意を分析するに当たり,厳密含意の論理記号を導入するので はなく,必然性様相の論理記号を導入することについては,検討を要する. 厳密含意を固有の記号で表現するともっと細かい分析が出来るかも知れない. しかし,ある種の粗い意味では,この両者は同等になる.少なくとも,可能 世界意味論との比較をする上では十分である.[註4] そのような議論を踏ま えて,本研究では,厳密含意を様相記号で表現するという方針を採用する. 第 2 節 論理的妥当性の様相 2.1 反実文の中の含意  例えば運動会の朝に雨に気付いた子は (1)「晴れていれば運動会だったのに.」 と言うかも知れない.この文は基本的には,運動会を楽しみにしていた,雨 が恨めしい,という感情を表現するものである.しかしそればかりではなく, 確かに何がしかの論理性をも含んでいる.即ち, (2)「もし仮に今日晴れていれば今日は運動会であった.    しかし今日晴れではなく,そして今日運動会は無い.」 というものである.これは更に分解するならば (3)「今日晴れならば今日運動会が有る.」 (4)「今日晴れではない.」 (5)「今日運動会は無い.」 という三条の連言ということになる.  この(3)の「ならば」を実質含意と解釈することは出来ない.もしこれが 実質含意ならば,(4)はこの仮言命題を含意することになる.しかしこの子 は雨の日に毎日この様なことを言ったりはしないだろう.であるならば,(3) に現れた「ならば」は一体何者か,ということが問題になる.  本研究では,この「ならば」の論理学的解釈を目標とする.それは,(1) の文から如何にして(3)が得られるか,それは何故か,ということではない. そのように日常言語の文章から論理性を洗い出すのは言語学の領分であろう. 本研究の目的は言語学ではなくて論理学である.即ち,言語学によって洗い 出された結果,仮言命題(3)の中に現れた「ならば」の,その論理的意味を 明かにしたいというものである. 2.2 含意と普遍量化  命題(3)の「ならば」を考えるに当たって,同様に日常言語の条件文から 採り出された論理形式を参考にするのは有用である.  命題論理では「(p→q)∨(q→p)」は恒真であるが, (6)「晴れならば休日であるか,休日ならば晴れであるか,の   どちらかである.」 という文章は常に成り立つ訳ではない.このことを説明するには実は古典論 理で十分であって,直観主義論理や相関論理その他の弱い論理の厳密含意を 持ち出してくる必要はない.ここでの問題は言語に於いて明示されていない 普遍量化を忘れていることにある.例文(6)にある論理型式を正しく述語論 理で書けば    「(x)(日(x)→晴(x)→休(x)) ∨ (x)(日(x)→休(x)→晴(x))」 となり,確かにこれは古典述語論理で恒真ではない.  日常言語の「ならば」の論理的な意味は,このように,常に「→」なので はなく,屡々「(x)(X(x)→…→…)」という暗黙の量化を含んでいる.[註5] 2.3 帰納的知識の中の含意  量化には,何でも代入できる,という意味の他に,周囲の文脈から情報を 遮蔽する,という機能がある.例えば二人でとある温泉に旅行したとしよう. 夕方に新聞を求め,次の様な会話があったとする. (7)(7-1)「あれ,夕刊が無いね.」 (7-2)「田舎には夕刊が無いんだよ.」  前者は今ここに夕刊が無い,という目前の体験を言っているのに対し,後 者は一般に地方では,という帰納的に得られた知識を主張している.(7-2) の文に含まれる論理性を書き出してみると (8)「場所 x が田舎ならば場所 x には夕刊は無い.」 となる.ここには場所を表す暗黙の変数 x がある.場所を表す暗黙の変数 x には,通常は,文脈が用意した場所が代入される.例文(7-1)では《ここ》 が代入されていた.しかし命題(8)では,暗黙の量化によって,文脈が場所 として用意している情報《ここ》が遮蔽されている. 2.4 規範文の中の含意  本研究の目的は日常言語によって語られる論理であって日常言語の解釈で はない.  ここで云う〈日常言語によって語られる論理〉とは,嘗ての数学基礎論に 於いて語られていた論理と対比したものである.数学の基礎付けの為に使わ れた論理は古典論理であるが,数学者が数学を実践する際に使う自然言語に よって語られている論理は,古典論理ではない.〈日常言語によって語られ る論理〉は,実は日常の言語の使用では稀にしか現れない.論理が頻繁に現 れる日常言語の使用は,あたかも高等数学の講義か法廷劇の台詞のようなも のになるだろう.  例えばある判決の説明として次のようなものがあったとしよう. (9)(9-1) 彼は斯く斯くの罪を犯した. (9-2) 彼が斯く斯くの罪を犯したならば,      彼は此れ此れの罰に処せられる. 故に, (9-3) 彼は此れ此れの罰に処せられる.  これは簡単至極な三段論法の例である.これがある判決の説明として為さ れたならば,この大前提(9-2)は実質含意としては解釈され得ない.即ち, (9-2)の先件は(9-1)そのものなのであるが,(9-2)の当否は(9-1)の当否とは 全く独立に検討されるものだからである. 2.5 情報の遮蔽  先の例文(3),(8),(9-2)の,実質含意との違いを検討しよう.  例文(1)を言った子は,偽を仮定すれば何でも正しいから「晴れていれば」 と言ったのではない.昨日までの学校での体験から,「学校の行事予定では 今日は運動会である」と結論し,そのことを語ったのである.その際,今朝 の天気を看て雨が降っているという情報は,命題(4)及び(5)には関与してい るが,命題(3)の解釈には関与していない.命題(3)では,「今日は雨だ」と いう状況を遮蔽し,昨日までの状況と「今日晴れたら」という仮定とによっ て語っている.だから,雨の日にはいつも妥当,とはならないのである.  他の例文についても同様である.命題(8)では,場所を表す暗黙の変数の 値が《ここ》であること,即ち「x=《ここ》」という情報を遮蔽していた. また,例文(9-2)では,被告人が罪を犯したという事実認定の情報を遮蔽し, 法解釈に限って検討を行なっていた.  暗黙の変数の値にせよ,状況にせよ,文脈から供給される情報であること には違いない.「ならば」の暗黙の機能は,単なる変数の量化なのではなく, 情報の遮蔽であると考えられる. 2.6 論理的帰結を表す厳密含意  このように,日常言語によって何がしかの論理を語る際には,既に得てい る情報の内,使う仮定を幾つかに制限して,その許での論理推論を語ること がある.  さて,例文(1)は反実文であり,命題(8)は帰納的知識であり,例文(9-2) は規範文であった.反実文,帰納的知識,規範文にはそれぞれ個別に議論し なければならない論点が多くある.しかし,この情報の遮蔽という機能は, 反実文・帰納的知識・規範文に共通に看て取れるのだから,それをそれぞれ の特性に帰着させることは出来ない.これは「ならば」に固有の機能である と視るのが妥当である.  例文(3),(8),(9-2)の厳密含意は,ある制限された仮定の許での論理的 帰結を表す含意である.それを必然性の様相記号で表現するならば,その必 然性記号の意味とは,論理的に結論されるかどうかを表す論理的妥当性の様 相である. 第 3 節 可能世界意味論 3.1 可能世界による厳密含意の解釈  可能世界解釈では,厳密含意もまた暗黙の量化によって説明される.可能 世界解釈では,述語には皆,「世界wでは」という暗黙の補語があり,普通 には《この世界》が代入されている.S5の必然性の記号□は「(w)(W(w)→ …)」と解釈される.厳密含意とは,「ならば」によって世界を表す変数が 暗黙裡に量化されて「(w)(W(w)→…→…)」となったもの,ということであ る.「W( )」は,S5論理に対する解釈では「…はある可能世界である.」と いう意味だが,一般には「…はこの世界から到達可能なある可能世界である.」 という意味になる.  以下に,このような可能世界意味論を採ることの難点を三ヶ程指摘する. 3.2 恣意的な到達可能性  先の例文(3)では,子供は今日の自分の学校での話をしているのだから, 時間も場所も量化されていない.ここでは世界が量化されている.但し「全 ての可能世界で」とするのは妥当ではない.運動会の予定日がその日ではな いような可能世界もあることだろう.「昨日までの状況が全て同じであるよ うな可能世界では」という暗黙の仮定がここにはある.これは虫のいい仮定 であると言えよう.即ち,ここでは,発話者が恣意的に到達可能性を設定し ているのである.可能世界意味論に於いては,このような恣意的な到達可能 性を説明するものがなければ,例文(3)の解釈を説明したことにはならない だろう. 3.3 極大無矛盾集合  可能世界解釈では,必然性記号に「到達可能であるどんな可能世界でも成 り立つ.」という意味を与えた.可能世界は論理式の極大無矛盾集合によっ て表現される.つまり必然性付きの命題を語っている時には,様々な極大無 矛盾集合に言及していることになる.[註6]  しかし果たして,例文(1)を言った子は昨日までの状況が同じであるよう な様々な極大無矛盾集合に言及しているのであろうか.そうではない.単に, 昨日までの状況が同じである,ということを暗黙に仮定し,その上に今日晴 れであるという仮定を追加したに過ぎない.それをわざわざ極大無矛盾にま で膨らませるのは行き過ぎであろう.[註7] 3.4 貫世界同定  可能世界意味論が一般に便利な道具であるのは,それが技術的に簡明だっ たからである.その為に,極大無矛盾集合や到達可能性関係の存在に纏わる 疑念にも関わらず,可能世界意味論は適用されてきた.  しかしながら様相述語論理に於いては,可能世界意味論は貫世界同定とい う非常に厄介な問題を必ず惹き起こす.これは時に数学的に極わめて難解な 問題を誘引する.[註8] その問題は,それ自体は数学として価値のある問題 であったとしても,目標である論理の研究にとって本質的であるかどうかは 不明である.このような場合には,可能世界意味論は左程有益とは言えない.  様相の解釈に可能世界が重用されるのは,単に技術的な取り扱いが容易で あったからに過ぎない.同様に技術的に可能な別の解釈があるならば,様相 論理にとって可能世界解釈は意味論などではなく,単なる技術上の方便とい うことになるだろう. 第 4 節 文脈意味論 4.1 文脈意味論の定義  可能世界を持ち出すことなく,情報の遮蔽だけによって様相論理の解釈を 試みる.これを文脈意味論と名付ける.これは古典論理を基にして必然性を 解釈するものであり,古典論理に対する解釈は既にあることを前提とする.  論理式の構文は述語論理に必然性の様相記号「□」を加えたものとする. 論理記号は連言「&」,否定「−」,普遍量化「( )」,必然性「□」に限る. 他の論理演算は    p→q :≡−(p&−q), p∨q :≡−((−p)&−q),    p←→q :≡ (p&q)∨((−p)&−q),    (Ex)p :≡−(x)−p, ◇p :≡−□−p と表現する.煩瑣な括弧を避ける為,否定記号・様相記号・量化記号は作用 域を出来るだけ狭く取るというように約束しておく.[註9]  様相記号を含まない論理式を古典論理の論理式と呼ぶ.古典論理の論理式 が否定・連言・普遍量化に関する推論で証明可能な場合,古典論理で証明可 能と呼ぶ.古典論理の論理式が無矛盾であるとは,古典論理で矛盾が証明で きないことを云う.  解釈は文脈によって為される.透過文脈は,古典論理の論理式の列であっ て,無矛盾であるものである.不透過文脈もまた,古典論理の論理式の列で あって,無矛盾であるものである.どちらも,空列であってもよい.文脈と は,透過文脈と不透過文脈の組であって,全体として無矛盾であるものであ る.  論理式の意味は,論理式の評価函数「|=」によって定まる.この評価函数 「|=」を定義する.    「 c1,…,ci; d1,…,dj |= p 」 と書いて,「文脈〈c1,…,ci; d1,…,dj〉の許でpは真」と読む.この 時,〈c1,…,ci〉は透過文脈であり,〈d1,…,dj〉は不透過文脈であり, pは論理式である.i や j は 0 でもよい.則ち,「;」の前または後が空列 であってもよい.空列の場合には,読み易さの為に 0 を補い,「 C; 0 |= p 」あるいは「 0; D |= p 」と書く.    「 c1,…,ci; d1,…,dj |= p 」 の意味は p の構成に沿って定義される.以下に,C によって透過文脈を表 し,D によって不透過文脈を表す.  ・原子論理式aに対して「 C; D |= a 」とは,   古典論理で「 C,D |- a 」が証明可能ということである.  ・「 C; D |= p & q 」とは,   「 C; D |= p 」かつ「 C; D |= q 」のことである.  ・「 C; D |= (x) p(x) 」とは,   任意の項 t に対して「 C; D |= p{t/x} 」が成り立つことである.   ここで p{t/x} は x に t を代入したものを表す.  ・「 C; D |= −p 」とは,   D⊆D' となる任意の文脈〈C; D'〉に於いて,   「 C; D' |= p 」とはならないことである.  ・「 C; D |= □p 」とは,「 C; 0 |= p 」のことである. 無矛盾であるような任意の文脈〈C; D〉に対して「 C; D |= p 」である時, p は恒真であると云い,「 |= p 」と書く.  文脈〈C; D〉に於ける「□p」の解釈には,透過文脈Cのみを使って解釈し, 不透過文脈Dは使わない.ここがこの解釈の特徴である.必然性の判断をす る際に,透過文脈は遮蔽されずに様相記号を透過していき,不透過文脈は遮 蔽される.則ち,例文(1)を解釈する時には,「昨日までの状況」が透過文 脈であり,「今日は雨」が不透過文脈であった.また,例文(7-2)を解釈す る時には,「〈場所〉=〈ここ〉」が不透過文脈であった.  この解釈では,次の定理が成り立つ. [定理1] 文脈意味論は以下の性質を充す.[註10] (1) F が古典命題論理の定理であり,F の命題文字に任意の様相述語論理の 式の代入を施したものが p である時,|= p. (2) C; D |= p かつ C; D |= p→q ならば C; D |= q. (3) C; D |= p&−p とは決してならない.  この「|=」は意味付けと言いつつ,一見して証明可能性のように 視えるかも知れない.古典述語論理の範囲では,完全性定理によっ て恒真性と証明可能性が一致するので,それで構わない.この意味 論は古典論理を対象としたものではないので,古典述語論理の範囲 では,新しい知見を与えるのもではなく,単に矛盾しなければそれ で構わないのである.この意味論の目的は,「□」が論理的妥当性 と解釈されるような様相論理の解釈であった.従って「|=」は「□」 の内側に入ると証明可能性となるのである.それによって,例えば p が古典論理の論理式の場合,「 C; D |= □p 」の解釈が「 C |- p 」となる. 4.2 命題論理断片での文脈意味論の性質  命題論理の断片とは量化記号と等号を含まない論理式のことである.この 範囲では次の定理が成り立つ. [定理2] 文脈意味論は,命題論理の断片に於いては,S5様相に対し健全かつ 完全である.  S5命題論理では,任意の論理式が,古典論理の論理式を一回だけ「□」か 「◇」によって様相化したものの連言・選言による結合と同値になる.この ことをこの定理の証明では本質的に使っている.様相記号が二重にならない ような論理式に還元できるということは,様相自体は様相の対象とはならな いことの反映である.文脈解釈では,様相とは情報の遮蔽のことであり,情 報を遮蔽すること自体は様相の対象とはなっていない. 4.3 述語論理での文脈意味論の性質  述語論理全体に対しても,文脈意味論は公理化がある. [定理3] 文脈意味論の公理化は,以下のようなものである.この公理化は健 全かつ完全である. 1.分離規則: |- p→q かつ |- p ならば|- q 2.一般化規則: |- p ならば |- (x)p 3.必然性規則: |- p ならば |- □p 4.始式: p が以下の論理式のどれかならば |- p [S5] S5命題論理の定理の命題文字に任意の様相述語論理の論理式の代入を 施したもの [具体化] (x)p→p{t/x} ,ここでtは任意の項 [範囲変更] (x)(p→q)→p→(x)q  ここで p に x は自由には現れない [置換] t=u → p{t/x} → p{u/x}  ここで t と u は任意の項であり,p に様相記号は現れない [分配] ( □(Ex)p&(Ex)q&(Ex)◇r1&(Ex)◇r2&…&(Ex)◇rn )    → (Ex)( □(p∨q∨r1∨r2∨…∨rn)&q&◇r1&◇r2&…&◇rn )  但し p,q,r1,…,rn に様相記号は現れない  この論理の許で,以下が成り立つ. [定理4] この論理では,任意の論理式 p に対して,ある論理式p' があって, p' は古典論理の論理式を一回だけ「□」か「◇」によって様相化したもの を連言・選言によって結合したものであり,かつ,p と同値である. [定理5] (1) |= (x)□p→□(x)p (2) |= □(Ex)p→(Ex)□p (3) |= ((Ex)◇p&(Ex)◇q)←→(Ex)(◇p&◇q)   但し p と q に様相記号は現れない (4) |= x=y→□x=y とはならない  定理5の(1)は所謂バーカン式である.定理5の(4)は,「 0; x=y |= x=y 」 は成り立つが「 0; x=y |= □x=y 」は成り立たないことから解る. 4.4 変数を束縛することの意味  この論理に於いて,変数の量化とは一体何をしているのかを視る必要があ る.  評価函数「|=」の量化式「(x)p」に対する定義は,「任意の項 t に対し て p{t/x} が成り立つ」であった.標準的な古典述語論理の意味論では, 「(x)p」の解釈は,「任意の個体Xに対して,変数xに個体Xを割り当てるよ うな割当の許でpが成り立つ」である.即ち,古典論理の意味論では束縛変 数に結び付けられるのが個体であったのに対し,文脈意味論では述語論理の 項が代入されるのである.文脈意味論であっても原子式に対しては古典論理 によって意味付けされているのだが,様相が関与する場面では,束縛変数は 全く個体と結び付く能力が無い.項が代入されるとは即ち,個体の指示の仕 方が代入されるということである.  定理5の(2)を例えば運動会のある競走の例に適用してみよう.    「□(Ex)(競走 a に於いて x は一位)」 というのは,競技の規則と「一位」という語の定義から妥当である.定理5 の(2)によれば,これから    「(Ex)□(競走 a に於いて x は一位)」 が導き出される.この「(Ex)」は,特定の個体を指しているのではなく, 「競走 a で一位だった者」という個体の指示の仕方のことを言っているの である.  このように,この論理では様相化した文で個体を指示することが出来ない. 即ちこの論理にあるのは言表様相のみであって,事象様相は無い.  この論理に於ける量化のもう一つの特徴は,定理5の(3)である.これによ れば,「(Ex)(◇p&◇q)」は「◇(Ex)p&◇(Ex)q」と論理的に同値である.即 ち,「(Ex)(◇p&◇q)」のように複数の様相記号の外側から量化したとして も,実はその量化は個々の様相記号の内側で量化したことに等しいというこ とであり,実質的には様相記号の外側からの量化は不可能であることを示し ている.これはクワインの文献「指示と様相」にある立場に合致したもので ある.[註11] 第 5 節 可能世界意味論による他の論理との比較  文脈意味論は可能世界の概念を全く使わないものであったが,それによっ て定義される論理を他の論理と比較するには,可能世界を使うのが便利であ る.何故ならば,他の多くの論理は可能世界によってその特徴が述べられて いるからである.  ここで,可能世界意味論の為に幾つかの数学的概念を定義する.  観念指示模型とは,以下を充す四つ組 M=(W,D,I,X) である. 1.Wは世界の名前の無限集合である. 2.D={D_w} は,各 w∈W に対して割り当てられた個体領域の集まりである. 各 D_w は1ヶ以上の要素が有る. 3.I={I_w} は,各 w∈W に対して割り当てられた述語の解釈函数の集まり である.即ち,n 項述語 P に対して I_w(P) は D_w^n の部分集合であり, それはD _w 上の n 項関係を表す.また,定数記号cに対して I_w(c) は D_w の元であり,n 引数の函数記号 f に対して I_w(f) は D_w 上の n 入 力函数である. 4.X は D_w の全ての直積の部分集合である.即ち,X の要素ξは w∈W を もらってξ(w)∈D_w を返す函数である. 5.函数記号 f の作用は I によって自然に X 上に拡張される.即ち, ξ∈X に対して函数 f^I(ξ) を次のように定義する.    w∈W に対し f^I(ξ)(w)=I_w(f)(ξ(w))∈W このようにして定義した f^I(ξ) は X の元とは限らない.そこで, M=(W,D,I,X) に対する条件として,f^I が X 上の函数であることを要請 する.即ち,各ξ∈X に対して f^I(ξ)∈X .定数記号 c は0引数の函数記 号と見做して同様の性質を要請する.  割当とは,論理式の言語の変数 x に対してξ∈X を割り当てる函数であ る.  割当ρ,変数 x,X の元ξに対してρ{ξ/x} は次のように定義される割 当である.    ρ{ξ/x}(x)=ξ,ρ{ξ/x}(y)=ρ(y) (但し y は x とは違う変数)  解釈 I と割当ρと項 t に対して項の値 [[t]]∈X は以下のように定義さ れる.  ・変数 x に対して [[x]]=ρ(x),定数 c に対して [[c]]=c^I,  ・函数記号を含む項 f(t1,t2,...,tn) に対して    [[f(t1,t2,...,tn)]]=f^I([[t1]],[[t2]],...,[[tn]]) これは観念指示模型の定義の 5.によって X に属する  模型 M=(W,D,I,X),世界 w∈W,割当ρ,論理式 p に対して関係 (M,w,ρ)|=p は以下のように定義する.この関係が成り立つことを, (M,w,ρ) の許で p は成り立つと云う.  ・述語 P と項 t1,t2,...,tn に対して,   (M,w,ρ)|=P(t1,t2,...,tn) とは,    <[[t1]](w),[[t2]](w),...,[[tn]](w)> ∈ I_w(P)   のことである.  ・(M,w,ρ)|=−p とは,(M,w,ρ)|=p が成り立たないことである.  ・(M,w,ρ)|=p&q とは,(M,w,ρ)|=p かつ (M,w,ρ)|=q .  ・(M,w,ρ)|=(x)p とは,任意のξ∈X に対して (M,w,ρ{ξ/x})|=p .  ・(M,w,ρ)|=□p とは,任意の v∈W に対して (M,v,ρ)|=p .  模型 M に対して,任意の世界 w∈W,任意の割当ρで (M,w,ρ) |= p が成り立つことを M |= p と書く.  観念指示模型 M=(W,D,I,X) が次の 1.,2.,3.の条件を充たすならば, M を部分抽象模型と呼ぶ. 1.w∈W に対して (D_w,I_w) は古典述語論理の模型である.各 w∈W に対 して,(D_v,I_v) が古典述語論理の模型として (D_w,I_w) と同型になる ような v∈W が無限に多く存在する. 2.任意の論理式 p に対して M |= (□(Ex)p)→(Ex)□p 3.ξ∈X,w∈W,e∈D_w に対して,次のようなη∈X が存在する.    η(w)=e,η(v)=ξ(v) (v≠w) 更に次の条件を充たすならば,完全抽象模型と呼ぶ. 4.W を定義域とし,w∈W に対してξ(x)∈D_w となる任意の函数ξに対し てξ∈X .  完全抽象模型の定義の中の条件4は条件2と3を含意する.  完全抽象模型の定義から条件1を外したものは,モンタギュー文法の意味 論に於いて用いられている.[註12]  文脈意味論との関係について,次の定理がある. [定理6]任意の論理式pに対し,以下は同値である.  ・文脈意味論に於いて |= p となること  ・任意の部分抽象模型に対して M |= p となること  この定理で部分抽象模型とある所を完全抽象模型に置き変えると,全体の 主張は強くなる.この強めた言明の証明はまだ得られていないが,成り立つ ことを予想する.  この模型での特徴は,変数はある一ヶの世界のある個体を指示するのでは なく,世界を貫いて各世界に於いて一ヶの個体を通る一本の繊維を指示する ことである.そのような繊維は観念と呼ばれるものであろう. 第 6 節 結論  本稿では様相の解釈として文脈意味論を提案した.この意味論の用途は, 論理的帰結を表す厳密含意と,それを表現する為の論理的妥当性を表す必然 性様相の解釈である.この意味論はまず一つには簡明であり,またそれでい て強力であるように思われる.従って,この応用対象はもっと拡げられるよ うに思う.例えば知識の論理や信念の論理である.[註13]  しかしこれまで示してきたように,この様相は言表様相であって,事象様 相ではない.因って,形而上学的な必然性の様相には固より適用できない. 形而上学的な必然性の議論には,可能世界のような形而上学的存在者が登場 するのは当然のことなのかも知れない.  非古典論理に対する有限的な意味論は,命題論理に対しては既に色々なも のが提案されている.[註14] 本稿の特長は,述語論理に対して有限的な意 味論を提案したことである. 謝辞  本研究では東京都立大学の岡本賢吾先生より貴重なご意見を戴きました. また,本誌の匿名査読者より,元原稿に対する丁寧なご指摘を戴きました. ここに感謝致します.本稿は2002年科学哲学会大会にて発表した研究を論文 に纏めたものです.大会主催者及び聴衆の方々に感謝致します. [註] 1.飯田隆『言語哲学大全III 意味と様相(下)』第5章「可能世界意味論」, 勁草書房,1995年. 2.ヒューズ,クレスウェル著,三浦聰,大濱茂生,春藤修二 訳『様相論 理入門』恒星社厚生閣,1981年. 3.同書 4.直観主義論理の所謂クリプキ意味論では,「w |= p→q」は「(w')( w< w' ⇒ w' |= p ⇒ w' |= q )」となる.これは,様相論理の所謂クリプキ意 味論での「w |= □(p→q)」の解釈と一致する.ここで「<」は可能世界の 到達関係を表す. 5.補語の暗黙の量化に関しては,Kamp,Hans 著「Condition in DR theory」, Hoepelman,Jakob Ph.編『Representation and Reasonning』Max Niemeyer Verlag 1988年,66〜173頁. 6.数学では「超準」等の言葉によって極大無矛盾な論理式の集合では弁別 し得ない構造の差異を議論することもある.しかしここではそのような差異 は無視する. 7.クリプキは,可能世界では実際上は部分的な状況だけを想定する,と言 っているが,そうであるならば理論上も極大無矛盾集合は必要ない.クリプ キ著,八木沢敬,野家啓一訳『名指しと必然性−様相の形而上学と心身問題 −』産業図書出版,1985年,50頁16行目. 8.例えば,以下の論文には帰納的公理化不可能な例がある.Wolter,F.著 「First Order Common Knouledge Logics」,『Studia Logica』65巻246〜 271頁,2000年. 9.古典論理の記号はこの文献に依る.レモン著,竹尾治一郎,浅野楢英訳 『論理学初歩』世界思想社,1973年. 10.以降,定理の証明は全て次の文献に依る.竹内泉著「System of logic for nessecity」,京都大学数理解析研究所講究録1301『シークエント計算 による証明論』122〜138頁,2003年1月. 11.クワイン著,飯田隆訳『論理的観点から−論理と哲学をめぐる九章−』 第八章「指示と様相」,勁草書房,1992年. 12.白井賢一郎『形式意味論入門−言語・論理・認知の世界』産業図書, 1985年. 13.例えば以下に於いて指摘されているような問題である.野本和幸『現代 の論理的意味論−フレーゲからクリプキまで−』6章,岩波書店,1988年. 14.例えば相関論理 R に関しては,Kashima,Ryo 著「Labelled sequent calculi and completeness theorems for implicational relevant logics」, Research Reports on Mathematical and Computing Sciences,C-140,東京 工業大学,1999, ftp://ftp.is.titech.ac.jp/pub/tech-reports/C/C-140.ps.gz